新たなヒロインとして転生するお勢

倉持 裕(劇作家、演出家)

2024/01/23

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江戸川乱歩の「お勢登場」(『大衆文芸』1926年7月)をモチーフにした演劇——『お勢登場』と『お勢、断行』を上演した倉持裕さん。学生時代から、乱歩の短編を独特の読み方で楽しんでいたまなざしで乱歩作品を劇化するとき、お勢というキャラクターの魅力があぶり出され、新たなヒロインとして生まれ変わる。その劇作の秘密と倉持さんが感じる乱歩的世界についてお話を伺った。

作家乱歩の執筆姿勢に肉迫する

—— 倉持さんは、昔から乱歩の作品を読まれていたのでしょうか。
倉持 裕(以下略) 学生時代に読んでいましたが、途中で収拾がつかなくなった短編を、仲のよかった先輩と競い合うように探して、一緒におもしろがってた感じですね。

—— そのおもしろがり方というのは、どのような?
「これはひどい終わり方だぞ」とか(笑)。「これだけ引っ張って想像させておいて夢落ち?」みたいな作品も多いじゃないですか。もちろん、「芋虫」なんかは非常に衝撃を受けたんですが、よくできた短編よりも破綻してるほうがおもしろくて。

—— とくに印象に残っている小説はおありですか。
破綻してるわけじゃないんですが……「鏡地獄」ですかね。僕、乱歩の「はったり」みたいなのが好きなんです。芝居なら外連というか。実際以上に見せようと、とにかく執拗に書く。あの姿勢が好きで、それを「鏡地獄」に感じたんです。グロテスクな状況に書かれていますし、鏡の球体に入ったらどうなるんだろうと想像しつつ、どこまでそれが怖いことなのかを冷静に考えると、我に返っちゃう。でも、読んでる間はひたすら没入してしまうので、そこはほんとうに乱歩の筆の力だなと。

—— 乱歩の執筆姿勢を実感されるような。
ええ。あと、乱歩は「意欲はあったのに自分の力が足りなかった」とか、反省の弁を述べるのも好きで(笑)。僕も劇作家の中では多作のほうで、全然構想がまとまらないうちに締切が来ちゃってとにかく書き出す、みたいなことが多々あるので、すごく共感するんです。乱歩も締切に追われて、とにかく書き出してる感じがする。で、やっぱりまとまらずに終わってしまったような短編を読むと、作家個人の奮闘や苦しみを感じるというか。しつこく書いてるうちに何か生まれるんじゃないかと、自分のテンションを上げるために大げさに書いてるような気がして。だから、破綻しててもいいんです。その戦いに敗れた感じも好きなんですよ。とうとう何も見つからなかった、みたいな終わり方も(笑)。あまりいい読者ではないかもしれませんが、「これ大丈夫かな。ちゃんと落ちはつくかな……」ってハラハラドキドキしながら読む(笑)。

—— とくに長編は、せっかく伏線らしきものは張ってあるのに、回収しないで進んでいってしまう作品もありますね。小ネタ的な短い挿話や描写はおもしろいけれども、それを継続して大きな物語にまとめあげていくのが苦手なのか。
そうそう。僕、そこも共感するんですよ。長編を構成する力と、おもしろい発想をする力は別だから。僕も、部分としておもしろいことはいろいろ思いつくけど、それを一個の太く長いストーリーにするのは、あまり得意じゃなくて。どこかで破綻を来したりする。だから、おこがましいですが、ちょっと似てる気がするんです。

—— 倉持さんのお話を伺っていると、作家としての乱歩の身体に具体的に迫るような感じがします。
いっぱい書く作家って好きなんです。駄作も多いだろうけど、肩がいつも温まってる状態で書いてるような。推敲に推敲を重ねて書いていく作家とはちょっと違う。熱量なのかな。荒っぽくても、ストライクが入らなくても剛速球。作家の姿勢としては、好きですね。

『お勢登場』ができるまで

—— そんな倉持さんが、乱歩の短篇をもとにつくられたのが『お勢登場』(シアタートラム、2017年2月10日~26日)です。
最初に、劇場(世田谷パブリックシアター)のプロデューサーからお話をいただいたんです。さっきの話に通じますけど、プロデューサーもたぶん、僕の全体の構成力より、部分の描写に対する評価が高かった気がする(笑)。だから、何か文学作品をもとに、物語の骨子は借りて脚色してみないかという話になったんじゃないかな。

—— そこから乱歩に決まっていった。
ええ。どの作家の作品をモチーフにするか、いくつか候補が挙がった中で、僕は学生時代、ちょっとひねくれたやり方だけど、乱歩を楽しんで読んでいたので、「乱歩がいいんじゃないか」と。乱歩って、小説を読んでいなくても、派生した映像作品とか、いろいろなものがあるので、何かしら共通認識があるんですよね。音楽にせよ、衣裳にせよ、美術にせよ。だから、演劇にするときも入りやすいんじゃないかと思ったんです。今までもたくさん芝居になっていますけど。

—— 1本の長編を脚色するのではなく、複数の短編を扱う形式でした。
いくつかの細かいストーリーが入り乱れるものを構成するのは得意だし、長編はあまり読んだことがなかったのもあって、短編の中から、有名なものはなるべく使わず、おもしろいものを選んで構成することにしたんです。

—— その中で、タイトルにもなった「お勢登場」が軸に。
「お勢登場」は好きだったんです。女性が主人公のものは珍しいし、お勢はかっこよくて。短編を使うにしても、単純に1個ずつ独立したオムニバスではなく、すべてにお勢が関わっていたり、ある男性の役を女性に置き換えてお勢にしたり、お勢の若いとき、年老いたとき……そういうふうに変えてみたらおもしろいんじゃないかと、アイデアがだんだん固まっていきました。

—— 「お勢登場」の後日談のような幕切れや、お勢以外にも乱歩作品のいろいろな人物がスライドしながら景色が変わっていく様子がおもしろかったです。原作として8本の短編——「二銭銅貨」「二癈人」「D坂の殺人事件」「お勢登場」「押絵と旅する男」「木馬は廻る」「赤い部屋」「一人二役」——を選ばれていますが、たくさんの短編を読まれて、この8本に絞ったのでしょうか。
そうですね。まずは「お勢登場」を筆頭に、あまり有名でなくても短編としておもしろいもの、それから主人公であるお勢に置き換えられそうなものを選びました。最初から八本に絞って、パズルみたいにプロットを組み上げてから書き出したので、途中で変更したり追加したりしたものはありませんでしたね。

お勢というキャラクターの魅力

—— 8本の原作をそれぞれ読み込んでから、ひとつのストーリーを構成していく流れでしたか。
「お勢登場」は何度も読みましたが、他のものはあえて深く読み込まないようにしていました。というのも、お勢を他の作品のいろいろな役と入れ替えるので、それぞれの原作に引っ張られちゃうと、どんどん違う性格になってしまう。お勢という女性が一貫しなくなる可能性もあった。だから、他は少し粗く扱うというか、ぼんやりと「こんな話だったな」くらいで自分の中に留めて、「ここは絶対に使いたい」という場面は原作どおりにするような感じでしたね。

—— 他の作品の要素もない交ぜにしながら、お勢に一貫性を持たせるのは、倉持さんの手腕ですね。短編八本のバランスとしては、お勢が軸にあれば、主筋に全作品が均等に入っていなくてもいい。小さなエピソードが絶妙に重なっている構成という印象でした。

そうですね。まず「お勢登場」と、それから「押絵と旅する男」と「木馬が廻る」の3本が軸になりました。「D坂の殺人事件」も分量はとっていますが、そんなに思い入れがある作品でもなくて(笑)。ただ、本格推理物的な雰囲気は入れたかったんです。

—— 「赤い部屋」からも按摩のエピソードなどがちらほらと。
そうでした。「赤い部屋」はピストルが出てくるので、お勢にピストルを握らせたかったというのが大きかった。

—— 『お勢登場』の執筆当時、ヒロインとしてのお勢を、どんな女性として捉えていましたか。
原作に、彼女を悪女たらしめる本質は、夫の他に男がいることじゃなくて、悪事を思いついて、それを実行に移すスピードだとありますよね。
—— 「悪事を思い立つことのす早やさ」と。
そこにまず惹かれたんです。パッと思いつくのは誰でもあるかもしれないけど、やはり躊躇があったり、実行しても後悔したりするのが、凡人だと思うんです。でも、彼女の場合は、思いついたらそのまま行動しちゃうし、ラストの「オセイ」という夫のダイイングメッセージを目にしたときも、即座に「それほど私のことを心配してくださっていたのね」なんて言えてしまう。倫理的には間違ってるだろうけれども、後悔してるようにも見えないのは、彼女にとっては正解なんだろうと思いますよね。そういうところが魅力的だった。そのあと旅に出た、みたいな感じで終わるのもよかったし。不義の相手だった男とも一応別れるじゃないですか。

—— 夫の葬式を済ませたあと、最初に「おせいの演じたお芝居は、無論上べだけではあるが、不義の恋人と、切れること」だったと原作にあります。
あとがきを読むと、乱歩はお勢を気に入っていたようですし、明智小五郎との対決も書いてみたいと構想しています。でも、実際に乱歩は書いていない。作者本人もそうしたかったなら活躍させてもいいのかなと、背中を押された気持ちはありました。

お勢の未来を描いた『お勢、断行』

—— 『お勢登場』の続編『お勢、断行』(世田谷パブリックシアター、2022年5月11日~24日。当初は2020年2月に公演予定だったが、新型コロナウイルス感染症の感染拡大の影響で中止)は、乱歩が「原案」で、お勢をヒロインにした倉持さんのオリジナル作品でした。先ほどおっしゃったお勢の魅力——悪事を思いついてから実行に移すまでのスピードという点を考えると、反対も押しきって断固として実行していく強さを、タイトルの「断行」という言葉から感じます。
僕自身、割と『お勢登場』が気に入ってたんですね。プロデューサーと「次に何をやるか」と打ち合わせをしたとき、「お勢というキャラクターがよかったから、あれで続編をつくれそう」と意見が一致したんです。初めは『お勢登場』で使わなかった短編でやろうかという案も出たんですが、おもしろいと思ったものはもう使ってるので、次に同じようにつくるとしても、自分の中では2番目、3番目の作品で構成しなくちゃいけない。それなら思いきって、お勢というヒロインだけは拝借して、オリジナルの話をつくろうということになったんです。
—— 『お勢登場』から約3年。実際の執筆時期はもう少し前だと思いますが、改めてお勢が主人公のオリジナル作品をつくることになって、倉持さんの中のお勢という女性像に変化はあったんでしょうか。
ありましたね。『お勢登場』が、まさに悪女が誕生した話だったので、そこで目覚めた女が放浪の旅に出てどうなったのかを想像したとき、「思いついたらすぐ行動に移す」という悪事のやり方に、だんだん美学を持ちはじめるんじゃないかと思ったんです。

—— 自覚的になっていく。
ええ。それこそが純粋な悪事だというような。劇中にも書いたんですが、思いついてもすぐにやらず、自分の中で「ああでもない、こうでもない」とこねくり回して、やっと実行するようなものは「悪事」とは違うものではないかと。それは認めたくない。もっと強い激情に突き動かされてやるべきものじゃないか、という思想を持った女性として書き出したと思います。

—— 『お勢登場』のお勢は、長持ちに入った夫の状況を見て、偶発性もあったにせよ、思いついた「悪事」を即座に実行した。『お勢、断行』では、お勢自身が「悪とはこういうもの」という意識を持った女性に変わっていく。
そうですね。瞬時に思いついて瞬時に行動するという自分のやり方を肯定しはじめて、同じ傾向を持った人間にも惹かれていくんです。『お勢、断行』の舞台になった屋敷のお嬢様もそういう気があるんですが、お勢は『お勢登場』の頃の自分を重ねてしまい、味方について動こうとする。『お勢登場』からの未来を想像しながら書いていましたね。

—— お勢の未来を描くうえで、どんな場所に彼女が生きるのが相応しいと考えて、大正末期の資産家の屋敷という設定にされたのでしょうか。
大正期から昭和初期の事件をたくさん調べたんです。乱歩から借りるのがお勢だけだと弱いと思ったので、乱歩が扱いそうな、実際に起こった事件を探して、資料を読み漁りました。たとえば「電殺」——電気で殺すとか、すごく乱歩っぽいなと思ったり(笑)。いろいろな事件を集めて組み合わせて話をつくった感じです。乱歩的な事件をモチーフにすれば、そこにお勢はすんなり入るだろうと思いました。

—— お勢が乱歩の手で生み出された時代に、お勢が生きているのが自然な流れだった。
そういうことですね。

犯罪者が楽しんでいるのが乱歩的

—— 『お勢登場』と『お勢、断行』を書かれたので、個人的には「お勢もの」のシリーズ化を期待してしまいます。
僕、いずれも本多劇場で「鎌塚氏」というシリーズを6本やってるんですが、演劇で1人の主人公のシリーズって、なかなかできない。でも、書いていておもしろいし、キャラクターが育っていくんですよ。だから、その1人として、お勢というキャラクターを持っておきたい気持ちはあるんです。

—— 乱歩ができなかったお勢と明智の対決を、倉持さんがつくられるとか。
それは思います。しっかりした敵が1人いたらおもしろいだろうとは思いますね。
—— 明智は普通、正義の味方として登場するわけですが、いまおっしゃった「お勢にとっての敵」としての明智、という視点はおもしろいですね。
そうですよね。いいですよ。たとえば、いま一緒に『リムジン』という芝居をやってる向井理くんに明智小五郎をやってもらったらかっこいいだろうな。

—— 間違いなく楽しくなりそうです。ぜひ実現していただきたい。
いや、ほんとうに考えてみたいですね。

—— 他に乱歩モチーフで書かれたい作品はおありですか。
次は、みんながやってきた「屋根裏の散歩者」とか、あえてメジャーなものに自分なりの解釈で挑戦するのもありかなとは思います。下宿屋の話だから、群像劇にできますし。それは武器になりやすいので、やってみたいな。

—— いろいろと期待は膨らみますが、最後に、倉持さんにとって乱歩作品、あるいは乱歩的な世界はどのようなものかを伺えますか。
やっぱり犯罪者が「楽しんでる」感じですかね。自分が思いついた悪事を、中盤までは楽しそうにやりますよね。自分だけの密かな楽しみのようにワクワクして(笑)。だから、何か目的があって、その手段として犯罪があるのではなく、犯罪をつくることじたいが目的になってる。「これを知ってるのは僕だけだ」みたいに主人公が楽しんでる。1人のときもそうだし、男同士がすごく楽しそうにやってるのも乱歩っぽい。探偵的な人がいて、その助手的な人がいるような2人の場合とか。そういうところが、すごく乱歩的だなと思いますね。


於・本多劇場/2023年11月20日
写真撮影:末永望夢(大衆文化研究センター)
聞き手・文:後藤隆基(大衆文化研究センター助教)

※記事の内容は取材時点のものであり、最新の情報とは異なる場合があります。

プロフィール

PROFILE

倉持 裕(くらもち・ゆたか)

1972年、神奈川県生まれ。劇作家、演出家。2000年にペンギンプルペイルパイルズを旗揚げし、主宰と全作品の作・演出を務める。04年に『ワンマン・ショー』で第48回岸田國士戯曲賞受賞。舞台脚本・演出のほか、映像作品の脚本も手がけ、活動の幅を広げている。近年の主な劇作・演出作品に、M&Oplaysプロデュース『リムジン』、KAAT神奈川芸術劇場プロデュース『SHELL』、M&Oplaysプロデュース『鎌塚氏、放り投げる』をはじめとする「鎌塚氏」シリーズなど。

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