妊娠中のストレスと脳神経には、どんなつながりがありますか?

理学部生命理学科分子細胞生物学系 木下 勉 教授

2018/04/27

研究活動と教授陣

OVERVIEW

カエルやイモリを代表とする両生類は「再生力」のスーパースターだ。
小さな傷なら人間でも修復できるが、肢を根本から失ってもまた生えてきたり、心臓の一部を切り取っても何事もなかったように再生したりできる両生類にはとうてい及ばない。

木下 勉 教授

「私の研究テーマの一つは『カエルやイモリはなぜ、飛び抜けて強い再生力をもっているのか』です。これは、世界中の人が知りたがっている謎でもあります」

と木下勉先生は話し始めた。
たしかに興味を惹かれる謎ではあるが、それがストレスと人の研究にどう関わるのだろう。

「再生力とは『生物が体を作っていく力』のこと。再生力の研究のベースには、『たったひとつの卵細胞からどうやってこんなに複雑な生物の体ができあがっていくのか?』という疑問があるんです。今回の文部科学省私立大学研究ブランディング事業においては、私はカエルの脳神経がどのようにできあがっていくかに注目して研究を行っています」

特に、妊娠中の母親が強いストレスに長期間さらされた場合に、生まれてくる子の脳神経の発達にどのような影響が出るかを見ようとしている。

研究対象はアフリカツメガエルとアカハライモリ。どちらも驚異的な再生能力を誇る。

ヒトに近く、脳の発達が観察しやすい。 カエルは絶好のモデル生物なんです。

「アフリカツメガエルの全ゲノムが解読されたのは2016年。私も解読に参加していました」

同じことを人間で確かめたいと思っても、実際の母子を実験対象にするわけにはいかない。心理学の実験で人を対象にできない場合にはネズミやサルを使うことが多いが、哺乳類の実験は人間に近いという長所と同時に致命的な障害がある。胎児は母体の中で成長していくため、刻々と脳神経ができあがっていく様を観察するのはまず不可能なのだ。

「その点、カエルは卵で子を生みますから、子の脳が徐々に作られていく様子をリアルタイムに観察できる。『だからといってカエルと人では生物としてずいぶん遠いのではないか』と思われるかもしれませんが、カエルは人間と同じ脊椎動物で、体の作りに多くの共通点をもっているんです」

観察が可能な扱いやすさと人間からの近さとが絶妙なバランスで備わった生物ということか。

「ええ、材料の良さが生かせる研究だと思いますね。しかもここで扱っているアフリカツメガエルは世界中でモデル生物として研究がなされてきましたし、ほかの知見も蓄積されていますから」

ストレスを与えられたオタマジャクシは どうなったと思いますか?

カエルやイモリの再生力の秘密に迫るため、木下先生はこれまで遺伝子レベルでの研究を続けてきた。木下研究室が得意としている遺伝子組み換えの技術を使えば、ストレスホルモン(このプロジェクトではコルチゾールを使っている)のシグナルを受けた分子が脳のどこにどのタイミングで入っていくかまで見られるという。

「ただ、生まれたオタマジャクシを外から観察するだけでも、脳が作られる時期に過剰なコルチゾールを受け取っていた個体は異常があることがわかりました」

たとえば、ふつうのオタマジャクシは流れにさからって壁沿いをほぼ一列になって泳ぐのに、コルチゾールを過剰に受け取って成長したオタマジャクシは流れや壁や列とは無関係にふらふらと泳ぐ。

「コルチゾールが脳神経の異常を起こし、それが行動に現れていると考えられます」

もちろん、そこからただちに「人間も母親が妊娠中に強いストレスを長期間受けていたから子どもの脳に悪影響が起きるのではないか」という推測を導こうとしているわけではない。

「心理学の研究者の方々は発達障害の原因をさまざまな可能性から探っている。その可能性のひとつとして母親の妊娠時のストレスを提案できるのがこの研究です。どのタイミングでどれぐらい過剰にコルチゾールにさらされると大きな影響があるか、というところまで解明したいと思っています」

まさに、社会に還元される研究の基礎となる研究だ。

カエルマグネットにカエルの眼鏡ケース、右端はほこりを払うブラシの持ち手がカエル。

「なぜ?」という疑問を常に持ち、 理学と心理学の手法を組み合わせます。

「立教大学の現代心理学部には発達障害と脳神経との関係を専門的に調べている先生もいらっしゃるので、いずれは共同研究が始められるだろうと期待しています」

もしかしたら、ストレスと脳神経の発達、発達障害との関係において心理学的に追究してみたい仮説があるが、実験で確認することができない、あるいは外からの観察や面談ではわからない際、新たなテーマが現代心理学部から呈示されることがあるかもしれない。それを木下先生の研究室でカエルをモデルとした実験システムとして組み上げ、心理学に還元できる形を作っていくという可能性もある。

「『なぜカエルやイモリは再生力に優れているのか?』などのように、純粋な『なぜ?』という疑問から出発するのが理学であり、基礎研究。解けるかどうかはわからない、何かの役に立つかどうかもやってみなければわからない。でも世界で初めて自分がその問いの答えに近づけるかもしれないというワクワクが理学の面白さの神髄だと思っています」

そして理学には探究の旅を支えてくれる独自の武器がある。

心理学の研究や臨床の現場で生まれてきた問題意識に従来の心理学の手法とはまったく異なる理学部の手法を組み合わせて挑んだ先には、どんな世界が広がってくるだろうか。

プロフィール

Profile

木下 勉

理学部生命理学科分子細胞生物学系 教授

1984年東京都立大学大学院理学研究科博士課程中退、84年鶴見大学歯学部生物学教室助手に。85年博士号(理学博士)取得。90年広島大学理学部動物学教室講師、94年関西学院大学理学部化学科助教授、2002年同大学理工学部生命科学科教授を経て08年より現職。03~04年にはイギリス、ケンブリッジ大学のジョン・ガードン(山中伸弥氏とともに2012年ノーベル賞を受賞)研究室に留学。モルフォゲンのシグナル伝達機構、体細胞核のリプログラミングに関する研究を行なっている。主な著書に『両生類の発生と変態』(西村書店)、『ZEROからの生命科学』(南山堂)。

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