復活の希望—起こされる時—
チャプレンのことば
2021/07/06
キリスト教とチャペル
OVERVIEW
チャプレンからのメッセージです。
チャプレン 斎藤 徹
復活の希望 —起こされる時—
日本における春は、教会の暦でイエス・キリストの復活を祝う時節です。聖書で復活と訳される言葉は元来「起こす」、「立たせる」という意味をもちます。「イエス・キリストが復活した」ではなく、十字架の苦しみと死から、「神がキリストを立ち上がらせた」と語る聖書は、どこまでも深く広い希望を示しています。その希望とは、起こし、立ち上がらせるまなざしが注がれているということです。
私たちは、失敗して転び、苦労や苦悩に打ちひしがれて膝をつくことがあります。そしてそこから自力で立ち上がることの難しさが、また私たちを悩ませていきます。しかし起き上がることができない暗闇でこそ、復活の希望は光を放つのです。
すべてを独りで成し得なくても良いのです。いつも「起こす」存在がそばにいるのですから、頼る時があっても良いのです。復活の出来事は、私たちが独りでないこと、起こし、立ち上がらせる温もりが在ることを伝えています。
私たちは、失敗して転び、苦労や苦悩に打ちひしがれて膝をつくことがあります。そしてそこから自力で立ち上がることの難しさが、また私たちを悩ませていきます。しかし起き上がることができない暗闇でこそ、復活の希望は光を放つのです。
すべてを独りで成し得なくても良いのです。いつも「起こす」存在がそばにいるのですから、頼る時があっても良いのです。復活の出来事は、私たちが独りでないこと、起こし、立ち上がらせる温もりが在ることを伝えています。
※本記事は季刊「立教」256号(2021年4月発行)をもとに再構成したものです。定期購読のお申し込みはこちら
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